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時代小説「欅風」(12)新之助・才蔵 郷助と炉辺話その一

 青物組の新之助と才蔵の二人に郷助から、青物、土物の栽培について話したいことがあるので、家にお招きしたいとの申し出があった。

 新之助は組頭の高田修理に許可を求めた。修理は「良く話を聞いてくるのだぞ」すぐに許可を出した。

 翌日昼頃、郷助は下屋敷迄迎えに来てくれた。

「郷助、済まんな。今は農作業で忙しいだろうに」

「何を言われますだ。この度はわしの方から来てくださいとお願いしましただ」

 三人は藤堂藩下屋敷の脇の道を下り、田圃の畦道を歩き、神社の社を通り抜け、畑地を見ながら話し続けていた。

「ここがわしの田圃ですだ。こちらに二反歩、反対側に一反歩。」

「水はどこから取っているんだ」

「あそこの小さな森のところに川の源流があるだ。あそこから田圃の水を取ってますだ」

 榧(かや)の大木に椿の木が巻き込まれるように生えている。辺りの空気が香しい。

「こちらの神社は熊野神社か」

「そうですだ。わしの餓鬼の頃はこの神社で榧の実をとったもんです」

 畑には緑色のような玉に黒い筋が入ったものが見えた。

「あれはなんだ?」

「西瓜といいますだ。中を切ると真っ赤な、水をたっぷり含んだ果肉となっていますだ。

 血の色そっくりなんで、ちょっと気味がわるいところもありますが、歯ざわりが良くて夏場の暑い時に水代わりに食べますだ」

「郷助の畑では今何をつくっているんだ」

「いろいろ作ってますだ。大豆、小豆、里芋、サツマイモなど。百姓は百の作物をつくると言う具合で。・・・あそこがワシの畑ですだ」

 郷助の指差す方に大きくなった里芋の畝の葉がゆっくりと風に揺れているのが見える。


 郷助の藁葺き家に着くと息子の孝吉と女房のタケが出迎えに出てきた。

「きたねえところですが、どんぞどんぞ中にお入りくださいまし」

 上がり框のところで草鞋を脱ぎ、囲炉裏を囲むように置いてある座布団に新之助と才蔵は勧められるまま腰を下した。タケがすぐ蕎麦茶を出してきた。

「まあ今日はまんずまんずよく来てくださいました。ゆっくりしていってくだせいまし」

 タケは手をついて挨拶した。

 その時隣の部屋で何か物音がした。

「あんにゃ、お客さんだよ」タケが声をかけた。

 隣の部屋から声がした。「いらっしゃまし」

 郷助が話し始めた。

「あそこにいるのはわしの弟なんです。身体が不自由で歩くことがままならんのですだ」

「どうされたのか、何か事故にでもあったのか?」と新之助。

「いいえ、弟は戦さ場で両足を刀で切られ、膝から下がなくなってしまいましただ」

「そうか。・・・それは不自由なことだろう」

「わし等農民も以前はお殿様から声がかかれば戦場に出ましただ。狩り出されたんです。

 もし手柄を立てればご褒美を頂き、それを日々の費えの足しにできました。けども戦場で怪我をしたら誰も介抱もしてくれませんし、そのまま命を落とす者が多いのですが、弟の場合は同じ村の者が介抱してくれまして、背中に担いでわしの家まで連れてきてくれましただ」

 郷助の目が遠くを見る眼差しに変わった。

「あの時の戦さはひどかった。わし等の村でも大勢の死人、怪我人が出た」

 一呼吸置いて、郷助は言葉を継いだ。

「怪我人が村に戻ってきても、働くこともできず、結局無駄飯食いと疎まれる。それでなくとも厳しい暮らしですだ。ろくろく食べ物も食べさせることができなくなる。酷い場合は何かの事故に見せかけて殺される。自分で死を選ぶ者もおりますだ。家族にとっても本当に辛いことです。わしはそれが悲しくて悲しくて、やりきれなかった。なんとかしたかっただ。そこでわしは、荷車の小ぶりの木車を使い車椅子をつくりましただ。これなら自分で行きたいところに自由に行ける。弟の分だけではなく、この村の身体の不自由な者のために何台も車椅子をつくりましただ。腕を切り落とされた者のためには木と紐で義手を作りましただ。元通りとは行きませんが、無いよりずっと助かる、と皆が言ってくれます」

 郷助は隣の部屋から車椅子と義手を運んできた。

「こういうもんですだ」

「よくできている!たいしたもんだ」才蔵が感嘆の声を上げた。

 郷助の弟、次郎太が隣の部屋から出てきた。

「ちょっと外に行ってくる、兄やん」

「気をつけてな」

 次郎太は囲炉裏の脇に作られた斜めの板の上を器用に降りて、外へ出ていった。

「車椅子ができる前、弟は塞ぎこんで、『俺は働けんし、米ばっかり無駄に食って本当に済まない』そう言うばかりだった。今では畑に出て作付け計画もし、水番もしてくれたり、寺子屋では村の子供達のために得意の和算を教えたり、青物の品種改良のためには資料を読み、『こうしたらどうだ』などと考えてくれますだ」

「郷助は車椅子とか義手の作り方を一体どこで学んだのだ」才蔵はこの胡麻塩頭の農夫に知性の光を見ながら聞いた。

「誰でも生きる権利がある、とわしは思っているんですだ。そのためには働かなければなりません。働き、収穫することはわし等の日々の務めですし、誇りですだ。弟に何とか笑顔を取り戻させてあげたい。その一心で独学で作りましただ」

「我々の場合は戦場で傷ついた者は、治療してもらい、それからは捨扶持で生きていく。何をすることもなく、そして木が枯れていくように死んでいく。」

 新之助は呟くように呻いた。

「わし等は田畑で働いて、そして助け合ってお天道様の下で生き、そして死んでいきますだ。」

 郷助はそれが農民魂と言いたかったようだ。


 話しているところに、大鍋に入ったうどんが運ばれてきた。タケがおたまを持ちながら

「お口に合えばええんですが・・・」

 一人一人に大きな椀にうどんを入れて渡す。長ネギとかしわめんどりの肉が味噌味のつゆと良く合う。

「おかみさん、これはうまい。うまいですよ」新之助は顔を上げて笑顔をタケに向けた。

「それは良かっだ。たんと食べてくだされ」

 タケは続けて大根の漬物を持ってきた。

 そこに次郎太が戻ってきた。

「乾燥芋を持ってきただ。囲炉裏で焼き芋にして皆さんに食べて貰おうと思って」

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