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屋上菜園物語

 

〜第29話〜

<アグリ・ヒーリング研修(1)〜(3)>

屋上菜園物語 Ⅱ 29話(1)アグリ・ヒーリング研修 1日目

 

山梨県のN町の民宿の広間に宿泊客が集まっている。午後5時。2泊3日の

研修がこれから始まる。全部で8名、30代から40代が6人、中高年が2名。男性と女性は半分半分。この研修は「アグリヒーリング研修」。企画したのは一般社団法人ジャパンベジタブルコミュニティ(JVEC)のアグリ・ヒーリング研修チームだ。チームのメンバー2名、チームリーダー岩崎浩二とスタッフの増田登がこの研修を担当している。

 

現地側のパートナーはN町の里山コミュニティ代表の滝川豊夫。滝川豊夫は山梨県N町で父親の会社を継いで土木資材関係の販売・施工の仕事をしている。継いでからもう5年になる。地元密着型で公共事業関係が多い。土木関係の施工は基本的には入札で決まる。地元の役所の年間予算の中から仕事が出てくる。裏返せば予算の枠以上の仕事は出てこない。父親の時代はそれでも何とか会社を回していくことはできたが、公共事業工事が一巡した後は工事案件も減ってきている。主な仕事は修繕、メンテナンスだ。昔のような大がかりな工事は少ない。事業の転換を図る時期に来ていると前々から思っていたが、どのように転換を図ったら良いか、なかなか見当がつかないでいた。

 

そんな時、屋上菜園用の木枠で長年の取引がある、JVECの南村から、屋上菜園の延長事業として、農作業によるアグリヒーリング研修を滝川の町で開催したいので協力してくれないかという話が来た。滝川の方で担当するのは研修ができる施設の確保、農作業ができる田畑の用意、宿泊できる施設の確保、そして研修参加者の世話をする地元メンバーの確保だ。研修用には2階建てのログハウスがある。農作業ができる田畑はいくらでもある。そして宿泊施設は囲炉裏のある大きな民宿。すべて揃えることができた。地元メンバーは滝川が代長になっている里山コミュニティの3人が担当することになった。

 

今回のアグリヒーリング研修の参加者はJVECの屋上菜園を使ったアグリヒーリング研修に参加した人達だ。東京では既に5回、アグリヒーリング研修を屋上菜園で実施している。研修の参加者から、できれば地方で本格的に農作業をしてアグリヒーリング効果をもっと実感したいという声が出てきた。その声に応える形で山梨県のN町での定員8名でアグリヒーリング研修を企画したところ、アッという間に8名集まった。2泊3日で参加費は宿泊代込みで8万円だ。

 

(1日目)

1日目は民宿の大広間で研修開始。まず研修プログラムの案内。その後でN町の里山研究会の北野会長から、日本の地方の歴史と現在の状況についてN町の場合、ということで歴史、農業、林業、文化、工芸、人口動向の説明があった。印象的だったのは地域から若い人がいなくなっているということだった。

都会も高齢化が進んでいるが地方の状況はもっと深刻だ。その上で北野会長から日本の農業の現状についての報告があった。北野会長は日本の各地の農村を訪問しているので話が具体的だ。そして日本の農業は高い技術があるにもかかわらずこのまま行くと完全に衰退してしまうと危機感を言葉の端ばしに滲ませていた。

「そんな状況なんですが、希望もあります。木村さんご家族がN町に来て有機農業を始められました。本当に嬉しいですね。そして木村さんに続く移住者の方が引き続き出てくることを期待しています」

北野会長は笑顔で話を締めくくった。

有機農業を始めた木村信行さんから、日本の有機農業の現状と未来について報告があった。木村さんは埼玉県の小川町の有機農業の里で金子美登さんたちのグループで3年間有機栽培を実習した後、縁があってこのN町にやってきた。えごまとオリーブを有機栽培し、えごま茶、えごま油、オリーブ油の製造・販売に取り組んでいる。

最後に参加者の自己紹介タイム。全部で8名いるので、一人当たりの持ち時間は3分までという説明があった。参加者は広間に車座に座っている。

 

司会者が参加者の名前を呼んだ。「右回りで順番にお願いします。それでは小林さん、お願いします。」

小林(女性)「私は北千住の会社に勤務しています。仕事で毎日パソコンを見ています。ほぼ一日中パソコンの画面を見ていると目が疲れますね。私は派遣社員ですが、もうこの仕事についてから3年経ちます。幸い私の勤めている会社の屋上には小さな屋上菜園があるので休憩時間はベンチに座って野菜をボンヤリみたり、オリーブの木、ブルーベリーの木を見たりしています。ただ私は見ているだけですが、それでも気分転換が出来て、癒されます。いつか実際に野菜の栽培作業をしてみたいと思っていましたが、都会に住んでいるとやっぱり難しいですね。JVECさんのメンバーから北千住の屋上菜園でアグリヒーリングセミナーがあると聞いて参加しました。とても楽しかったですね。そのことがあったので、今回のN町でのアグリヒーリング研修には飛びつくような気持ちで応募しました。今回実際に畑で農作業して自分がどんな気持ちなるか、確かめたい。そんな気持ちで一杯です。一日中パソコンの画面を見ていると目が疲れるだけでなく、気持ちも心も疲れてきます。自然の中で農作業をしてリフレッシュできれば嬉しいですね。」

司会者「小林さん、ありがとうございました。次は南町さん、お願いします。

南町(男性)「私はビジネス関係の研修をやっている会社で、講師の仕事を長年やってきました。最近はビジネススキルの研修だけでなく、共感力とかマインドフルネスの研修も増えてきました。ビジネススキルから心の領域に研修の分野が広がってきていると言えるかもしれません。ところがそのような研修の講師をやっている私自身がどうも最近自律神経失調症的になっていることに気付きました。仕事のストレスもあるかと思いますが、自分自身の年齢的な問題もあるかと思います。先日神田の屋上菜園で開催されたアグリヒーリング研修に参加して、野菜の有機的栽培を知りました。研修会で自然の中で活動し、農作業をすると自律神経失調症の改善に効果があると聞いて、参加することにしました。農作業は今迄したことがないので楽しみにしています。」

司会者「南町さん、率直なお話ありがとうございます。是非自律神経失調症の改善効果を実感して頂けるといいですね。次は棚橋さん、お願いします」

棚橋(男性)「私は今迄プラネタリウムの会社で仕事をしていましたが、最近その仕事を辞めました。正確に言えば辞めさせられました。仕事自体はやりがいがありましたが、同僚、上司との関係に問題があるというのが辞めさせられた理由です。自分ではうまく行っていないとは思っていませんでしたが、周りは問題のある社員、と感じていたようです。発達障害扱いされました。子供の頃から夜空の星を見るのが好きでした。今東京に住んでいますが、晴れた夜でもそんなに星を見ることはできません。そんなこともあり、プラネタリウムの会社に就職しました。でもどこかで本当の星を見たいという気持ちがずっとあったように思います。今回の研修では空一杯の星空を見られるのを楽しみにしています。やはりN町は空気が澄んでいて真っ青な青空ですからきっと星がきれいに見えると思います。そして毎日パソコンの前で仕事をしていましたので、土に触れ、野菜に触れ、自然に触れる農作業ができるということでワクワクしています。今回の参加者の中でも多分一番若いと思います。農作業、頑張ります。」

司会者「棚橋さん、天気予報ではここ3日間晴天とのことですので、きっと満天の星でしょうね。夕食の後、皆で星空を見ることにしましょう。その時は棚橋さん、星座についての説明よろしくお願いします。それでは次は岬さん、お願いします。」

岬さん(女性)「私は家庭の主婦です。子供が一人います。小学校6年生です。

主人は新築の商業ビル・事務所ビルの設計関係の仕事をしています。ある大手の設計会社に勤務しています。今仙台市で大きなショッピングセンターを建設中で、月曜日から金曜日までは仙台に駐在して、土曜日に帰宅し、日曜日の夕方また仙台に戻ります。私は今お花屋さんでアルバイトをしています。週4回、午前11時から午後4時迄仕事をして5時には帰宅しています。最近食事中に息子が野菜サラダを食べている時に「お母さん、野菜にもいのちがあるんだよね」と言いましたので「そうよ、いのちがあるから小さな種から成長してキャベツができたり、トマトができるのよ」と答えました。それに対して息子は「いのちって目に見えないけどあるんだよね。どこにあるんだろう」「ぼくにもあるんだよね」。それに対して何か答えようと思ったんですけど、いい答えができそうもないので、「お母さんも考えるわ。分かったら話すね」とその場は収めましたが、難しい問題ですよね。今回このアグリヒーリングの研修に参加した目的の一つはその答えを見つけることにあります。私は北千住の屋上菜園で開催された屋上菜園を使ったアグリヒーリング研修に参加しました。息子はこの3日間、私の実家の方に預けてきました。ここは段々畑の多い土地なんですね。私、段々畑、好きなんです。これから3日間、自然の中で、自然の生命に精一杯触れたいと思っています。」

司会者「岬さんは段々畑が好きなんですね。私も実は好きなんです。ご一緒に歩きましょう。それでは次に欅坂さん、お願いします。」

欅坂さん(男性)「私はレストランの店内改装と看板の取り付け工事会社の社長をしています。社員10名の小さな会社です。それでもお陰様で40年間何とかやってこれました。仕事柄、時々徹夜での作業もあります。そんなこともあり、最近は辞める社員が出てきました。1年前は社員が12名いたんですが、若い社員が2名辞めてバタバタしています。お陰様で仕事はあります。最近は引き合いが増えている状況です。最近の仕事ですが、半蔵門のカフェの内装の仕事がありました。お客様にリフレッシュして頂くために部屋の中を緑化することになりました。私共からの提案は本物の緑で緑化するというものでしたが、オーナーは本物の緑の場合はメンテナンスが必要になり、そのための費用もかかる。それに本物の緑を置くと虫が寄ってくるので困る、ということで結局人工の緑化ということになりました。残念でしたね。ウチの会社では特殊な技術を使って最小の費用で、しかも防虫対策もしっかりやって本物の緑を提供できるんですが、まだまだ「それならやってみよう」というお客様が出てこない。どこかで実際に使って頂いて実績をつけ、またデータを取りたいと思っています。私なりに今は自然に戻る時代ではないかと感じています。家庭でも、職場でも、そして街も。私は神田の屋上菜園でのアグリヒーリング研修に参加して、その思いを一層強くしました。今回東京を離れて山梨県のN町に来ましたが、N町の自然を見て、なぜか懐かしい思いが沸いてきました。私の潜在意識が反応したようです。

司会者「仕事でお忙しい中、今回のアグリヒーリング研修にご出席してくださり、

ありがとうございます。どうぞ自然の中で大いにリフレッシュして頂ければ幸いです。それでは次は新谷さん、お願いします」

新谷さん(女性)「私は現在不動産会社で事務所ビル、商業ビルのテナントを確保するために営業を担当しています。東京はご存知のように沢山のビルが建っています。最近では新型コロナウイルスの影響で、テレワークで仕事をする方が増えてきました。その結果として、事務所ビルの場合、会社側は使用面積を減らして対応していますが、私たちにとっては空室率の上昇という問題が出てきます。今回の新型コロナウイルス問題をキッカケにして従来の勤務形態、つまり

仕事のために会社に行く、というのが変わり始めています。どうもこれは一時的なことではなく、新型コロナウイルスが治まった後もこの傾向は続きそうです。

私たちにとっては頭の痛い問題です。でもある意味では今迄の仕事のやり方を

見なおす時期なのかもしれません。今迄の事務所をもっと快適で、より生産性の上がる場所にレベルアップして、テナントの皆さんに喜んで頂けるようにしていきたい。そのための可能性を模索している時に私は神田の屋上菜園でのアグリヒーリング研修に参加して、「そうだ、これだ」と思いました。屋上に上がってきた社員の皆さんが楽しそうに野菜を見たり、多肉植物を見たり、ブドウ、オリーブの木を見たりしていました。また社員の皆さん同士でおしゃべりもしていました。青空の下の屋上菜園は開放的な場所ですからそんな気持ちになれるんでしょうね。できればこれからは屋上菜園だけでなく、事務所の中も自然の緑で緑化していきたいと思って、今試作品もつくっています。

司会者「新谷さん、ありがとうございました。それでは次は古葉さん、よろしくお願いします。」

古葉(男性)「古葉です。私は今年の3月迄商社の管理部門で仕事をしてきました。現在は定年退職後の自由な生活をエンジョイしています。午前中は読書と散歩、午後は昼食後近くのスポーツジムに行って3時間ほどそこで過ごし、帰りは駅前のショッピングセンターの本屋を覗いて帰宅、というのがほぼ毎日の過ごし方となっています。家内は仕事をしていますので朝と夜は一緒ですが、昼食は別々です。朝食は私がつくり、夕食は家内がつくっています。家内は日本語

の教師で外国人、主にアメリカ人のビジネスマン・ウーマンに教えています。

私たちには子供はいませんので、夫婦二人きりの生活です。何か共通の趣味とか一緒にできることが欲しいと思っていたところ、北千住の屋上菜園で開催された屋上菜園を使ったアグリヒーリング研修に二人で参加しました。農作業体験は初めてだったので、新鮮でもあり、楽しかったですね。家内も喜んでいました。今回の山梨県N町のアグリヒーリング研修の話をしたら、「是非参加してください。私はどうしても予定が変更できないので、参加できないけど、私の分まで楽しんできて」と言われて送り出されました。今日の午後、電車の窓から沿線の街並みを見ながら、またN町に着いて駅の向こうの夕焼けを見ながら、自分の人生も夕焼けの時を迎えている、という実感を強くしました。華やかな夕焼けではなくて、目立たない夕焼けです。そして夜がもうそこまで来ています。すみません、こんな話になって。皆さんとお話ができることを楽しみにしています。自分にとって老後の生き甲斐が何なのか、見つけたいと思っています。

司会者「それではお待たせしました。最後に砂川さん、お願いします。」

砂川(女性)「砂川です。私は花屋をやっています。花屋を始めてからかれこれ20年になります。花屋を始めたのは花が好きだったからです。私が特に力を入れてきたのは部屋の中で楽しむポット植えの花です。その花があるだけで部屋がパッと明るくなる。ところがある時、花を育てるためにいろいろな農薬が使われていることを知りました。ショックでした。私の店で切り花を買っていったお客様が後でやってきて、病院に見舞いに行って病室の花瓶に花を活けたところ、病人が咳をし始め、止まらなくなってしまったと訴えられたのです。化学農薬が残留していたのかもしれません。お詫びして、栽培元に連絡する旨お伝えして代金はお返しました。後で栽培元から今後はそのようなことがないように十分注意して出荷するとの連絡がありました。その時、野菜には化学農薬を使わない有機的栽培の野菜があることを思い出し、それなら花も化学農薬を使わないオーガニックフワラーもあるかもしれないと思ったんです。調べてみるとヨーロッパでは既にオーガニックフワラーを栽培し、販売していました。オーガニックフワラーにここ日本でも取り組んでいる団体を紹介されました。屋上菜園では野菜、果樹の他にお花も有機的に栽培していることを神田の屋上菜園でのアグリヒーリング研修に参加して知りました。それがこの本格的なアグリヒーリング研修に参加するキッカケになりました。

司会者「皆さん、ありがとうございました。皆さんがどのような経緯でこのアグリヒーリング研修に参加されたのか、良く分かりました。それではこれから2泊3日の研修、よろしくお願いします。そろそろ夕食の時間ですね。大広間に移動しましょう。

 

夕食

大広間の食卓の上には既に今晩の食事が並べられていた。民宿の女将さんから

皆さんに一言ご挨拶。

「皆さん、こんばんわ。これから2泊3日の滞在、どうぞ充実した、有意義な研修になるように願っています。今晩はここN町の特産の食材を使って夕食を準備させて頂きました。メニューを申し上げますと、メインは「N町たけのこ味噌もつ煮」です。ここN町特産のタケノコをたっぷり使っています。それからサイドメニューは茶そば、です。色が緑色のそば、です。N町はお茶の産地なんです。デザートはブドウを用意しました。マスカットベリーAとシャインマスカットです。デザートには茶プリンも楽しんでださい。今回は大勢の皆さんが来られましたので、地元の婦人会の皆さんが調理のお手伝いしてくださいました。それではお待たせしました。お口に合えばいいんですが、どうぞおめしあがりください。」

食卓で隣同士になった棚橋さんと岬さんが食べながら話している。

棚橋「緑色のソバを食べるのは初めてですけど、思った以上に美味しいですね。

お茶の葉のかすかな苦みも新鮮です。何と表現したらいいか、適当な言葉が見当たりませんが、美味しいだけでなく、緑の力で元気が出てきそうです。」

岬「地方にくるとその土地でしか食べられないものがあるから嬉しいですね。

N町たけのこ味噌もつ煮は味噌と鳥のモツが調和してモツ特有の臭みも無いし、美味しい。お酒が飲みたくなるわ」

 

ここでしか食べられない料理をセミナーの参加者は満喫した。お茶タイムの後、棚橋さんに案内されて外に出た。満天の星が輝いている。棚橋さんが指さして星座について説明している。「まさに降るような星空だ。東京ではこんな星空は見られない。クラクラするくらいだ」と誰かが言っている。自然のプラネタリウムの鑑賞は約60分で終わった。それぞれ自分たちの部屋に戻って、風呂に入り、自由な時間を過ごす。一部屋2人。明日は午前6時起床。ということで今晩の消灯は10時。

 

部屋の窓を開けると山と山に挟まれたN町の家の灯火がポツンとポツンと見える。人々の暮らしの灯火。古葉はその灯火を見つめながら、歌うともなく、杉本真人の「吾亦紅」を歌っていた。それを同室の欅坂が聞いていた。

欅坂「古葉さんは「吾亦紅」が好きな歌なんですね。私も杉本真人の歌が好きです。人生を歌っています。私も「路地裏の少年」でした。…こんな秋の夕暮れ あちこちから秋刀魚を焦がす匂いが立ち込めた ひと昔 ふた昔 思い出せない月日が流れ 車を寄せて 眺めている まぼろしの路地・・・」

古葉「母は私が子供の頃、亡くなりました。私を可愛がってくれた母でした」

二人はそれから杉本真人の歌を3曲、「秋桜の頃」「星空のトーキョー」「鮨屋で・・・」を一緒に歌った。そしてそれぞれの人生について語り合った。いつしか二人とも涙を流していた。








 

屋上菜園物語 Ⅱ 29話(2)アグリ・ヒーリング研修 2日目

 

(2日目)

朝6起床

朝6時。起床のための鈴が鳴った。洗面、トイレ、布団揚げ。朝のルーティンワークを済ませた後、7時から朝食。朝食は地元のパン屋が今朝焼いたクロワッサン、食パン。カボチャとトマトのポタージュスープは昨晩民宿の厨房で準備していた。トマトは昨夕、畑で収獲したものだ。チーズ、ハムそしてエゴマ油をかけた野菜たっぷりのサラダ。飲み物は挽きたてのドリップコーヒー。

田園散歩、サイクリング

朝食後は全員で9時から始める農作業迄自由時間。参加者はそれぞれ民宿で

用意している散歩案内図を見ながら、散歩に出かけた。貸出の自転車を使う参加者もいた。無料だ。サイクリングコースの案内図もある。

 

農作業

9時10分前に民宿の前にある畑に参加者が全員集合した。晴渡った青空。そよ風が吹いている。9時から12時迄農作業。今は9月中旬なので、夏野菜の収獲を終えて、秋冬野菜の準備に入る。

全員集合したのを確かめて里山コミュニティの滝川代表とメンバーの近藤さん

(男性)と木村さん(女性)が自己紹介をした。

そしてJVECのメンバーからアグリヒーリングの計測について説明があった。

今回の研修では農作業による癒し効果を実際に測定するために、作業前と作業後に体調の計測する。JVECの2人の担当者が計測を行う。ポイントはストレスホルモンの減少の程度と幸福ホルモン(オキシトシン)の増加程度だ。この計測は東京のX大学とある通信会社が共同で開発したウエアラブルセンサー、計測装置のついたチョッキで行う。身につけるだけなので被験者の負担が殆どない。8名全員が体調の計測を受けた後、チョッキを来ていよいよ農作業スタート。

今日の農作業は、大玉トマトの最後の収穫と支柱の撤去、その後の土づくり。大玉トマトの畝の長さは20メートル。大玉トマトを全部収獲してから根を抜き、残根を取り除き、整地した後、貝化石石灰、堆肥、元肥を入れて土づくりをする。収獲は女性、土づくりは男性という分担。大玉トマトは収獲した後、傷のないもの、あるものに分けて、さらに大中小と分類する。手間のかかる作業だ。男性はトマトを収獲した後、支柱を抜いて撤去し、トマトを根ごと引き抜く。トマトは根を長く張るので、スコップで土の天地替えをしながら、ちぎれて土の中に残っている根を取り除いていく。その後で土を整地して平にしてから、貝化石石灰を1平方メートルあたり200g撒いていく。その後で用意してある腐葉土を堆肥として1平方メートルあたり1kg入れていく。1時間半作業をした後で一休憩。ジャーのお茶とコーヒー、それに茶まんじゅう。

 

参加者の南町さんが古葉さんと話している。

南町「慣れない作業で、中腰でやることが多いのでやっぱり腰が痛いですね。作業する前は、実は頭の中でモヤモヤするものがあったんですがそれがサッパリと消えていました。何であんなことで悩んでいたのか、って思いました。これが

自然の中での農作業効果でしょうか」

古葉「私は昨日から心の中でなんとも言えない寂しさを感じていました。この寂しさは言葉ではなかなか説明しにくいんですが、私の心の暗い底に蹲っているような寂しさなんですね。ところが明るい青空の下で、そよ風に吹かれて、皆さんと一緒に声を掛け合いながら作業しているうちにその寂しさがドンドン小さくなっていきました」

 

皆で声を掛け合いながらの作業が12時少し前に終わった。

里山コミュニティの滝川代表とメンバーの近藤さん、と木村さんが皆の先頭に立ってそれぞれの作業のやり方を実地に教えてくれた。アッという間に約3時間が過ぎていた。畑にいると時間が経つのが早い。作業をしたのでお腹も空いてきた。

 

昼食

民宿に戻り昼食。大広間のテーブルに昼食が用意してある。木の大きな弁当箱に、おむすび2つ、焼いた塩鮭、ちりめん山椒、玉子焼き、茶豆腐、エビの天ぷら。飲み物はえごま茶。昼食後1時間は自由時間。それぞれの部屋に戻り昼寝をする参加者もいる。慣れない作業をして腰が痛いということでサロンパスを貼っている参加者もいる。

講習会は午後2時からログハウスで始まる。ログハウスのホールで作業後の体調の測定をした。そしてチョッキを脱いで数値をJVECのスタッフに確認してもらう。チョッキについているセンサーを外してパソコンに接続すると計測データがグラフになって表示される。そのデータを見ながら参加者はストレスホルモンの減少と幸福ホルモンの増加を確認することができる。正確を期すためデータを後で東京のX大学に送って分析してもらうことになっている。

 

講習会

〇アグリヒーリングについて 於 ログハウス

アグリヒーリングは「園芸療法」の分野では経験的にその効果は確認されていた。

2年前X大学がアグリヒーリングの効果を実証的・医学的に明らかにしたことによって注目を浴びていることを(JVEC)のアグリ・ヒーリング研修チームリーダーの岩崎浩二が説明した。

草花や野菜を育てることで、自然との触れ合いの時を持ち、心や身体の健康回復をはかるのが園芸療法だが、アグリ―リングはその中でも特に野菜を栽培する

農作業はストレス軽減効果に加え、「幸せるホルモン」と呼ばれる「オキシトシン」の上昇が確認された。「オキシトシン」は気持ちが落ち着いて幸せを感じることができるホルモンだ。

〇アグリヒーリングの測定

参加者のセンサーを外してパソコンにつないで参加者毎にプリントアウトして、

岩崎浩二と増田登が手分けして説明した。画像で見ると確かに分かりやすい。

〇アグリヒーリングの実感・・・2~3人で話し合い

そのデータ見ながら、2~3人での話合いの機会を持つことになった。

 

南町「確かに皆さんと一緒に農作業をした後は気持ちがスッキリしました。ストレス軽減効果がありますね。気持ちがとても落ち着いています。ただまだ幸福感というのは実感できていないかもしれません」

古葉「私も心理的にスッキリ、爽やかな気分です。こんな気持ちになれたのは本当に久しぶりです。いや初めてかな。幸福感というのは、ただ良いこと、嬉しいことが沢山あるということでなくて、良いことを素朴に喜び、当たり前のような小さなことも喜ぶ・・・そのための感受性を育てていことが大切ではないかと気付かされました。幸せを感じる感受性と言ったらいいでしょうか。こんなことを考えたのは初めてですね」

」  

〇癒し効果について 

岩崎浩二からアグリヒーリング効果ついて説明があった。この効果は農作業

終えた後も持続する。また睡眠サイクルもリセットされ睡眠の質も上がるとの

ことだ。

 

夕食

夕食は地元の食材をふんだんに使った天ぷらご飯だ。野菜の天ぷら、山菜の天ぷら、そして魚の天ぷら。民宿では揚げたての天ぷらを食べてもらおうと、揚がったばかりのアツアツの天ぷらをその都度、食卓に運んでくる。まず野菜の天ぷら。ナス、ピーマン、カボチャ、シイタケ、そしてタケノコ。それから山菜。タラの芽、コゴミ、ヨモギの天ぷら。仕上げはアユ、ヤマメ、アマゴ、イワナの天ぷら。ごはんはワカメを炊き込んでいる。

食卓で2人が話している。

小林「こんな風に楽しい雰囲気で食事ができて嬉しいですね。食べることが喜びになるなんて。日中一生懸命作業をして夜に、親しい人達と、話を交わしながら、一緒に食事をするのがこんなにも楽しく、幸せなことなんだと、この研修に参加して実感しています。私は独身でいつも一人で夕食を食べています。テレビを見たりして一人で食事をしていると、そんな喜びはないですね。」

砂川「その気持ち、分かるような気がします。食事は一人ではなくてみんなと

一緒に話をしながら、楽しくしたいですね。東京に戻ったら小林さん、時々

一緒に食事をしませんか。」

小林「是非お願いします。」

 








屋上菜園物語 Ⅱ 29話(3)アグリ・ヒーリング研修 3日目

 

(3日目)

朝6時起床

朝6時。起床のための鈴が鳴った。洗面、トイレ、布団揚げ。朝のルーティンワーク。7時から朝食。朝食は地元のパン屋が今朝焼いた食パン、カレーパンそしてリンゴパン。それにジャガイモスープ。エゴマ油をかけたチーズ、ハム、野菜たっぷりのサラダ。飲み物は昨日と同じ、挽きたてのドリップコーヒー。それに今朝はN町のオレンジ果樹園から収穫してきた、採れたてのオレンジジュースが飲み放題。

 

田園散歩、サイクリング

朝食後は昨日と同じように全員で9時から始める農作業迄自由時間。参加者はそれぞれ思い思いに散歩に出かけたり、サイクリングしたり。散歩に出かけた2人が歩きながら話している。

新谷「畑と畑の間の道を歩いていると、昔のことを思い出します。私の実家は群馬県の沢渡というところです。高崎から吾妻線に乗って中之条町という駅で降りて後はバスです。不便なところです。中学までは中之条町の中学校にバスで通って高校は高崎市の高校に進学しました。叔母さんが高崎市に住んでいたので、間借りさせてもらって高校を卒業して、大学は東京の短期大学に入りました。親が仕送りしてくれたので卒業できました。自分たちの生活を切り詰めて学費、アパート代、生活費をまかなってくれました。親には本当に感謝しています」

岬「苦労されたんですね。地方の方が東京の大学に入るのは何かと大変ですね。勉強するだけでなくて、生活の心配もあるし、それに家族を離れて独り暮らしでしょ。寂しい時はどうしていたんですか」

新谷「大学の友人に長野県の高校を出て、同じように独り暮らしの人がいました。

境遇が似ているので、親しくなって一緒に夕食を食べたり、お互いのアパートを訪問しあったりしていました。友達ってありがたいですね。社会に出てからも時々会っています。」

 

農作業

8名全員が昨日と同じように体調の計測を受けた後、チョッキを来て農作業スタート。今日の農作業は既に夏野菜を収獲して土づくり(貝化石石灰、腐葉土、元肥)を2週間前に終わっている畑の畝づくり。畝ができた後はブロッコリー、

ハクサイの苗を植え付ける。植付けた後は不織布でトンネルを掛ける。モンシロチョウなどの害を防ぐためだ。

昨日と同じように里山コミュニティの滝川代表とメンバーの近藤さんと木村さんが作業指導をしてくれる。
畝づくりは計測スケールとロープを使って行った。ブロッコリー用の畝幅は100cm、2条植えで株間は40cm。マルチングシートを張って株間40cm間隔で穴を開けていった。男性メンバーがこの一連の作業を行った。

そして全員で苗の植え付け。トンネルに風除けの不織布を掛けて完了。

ここで一休み。お茶と饅頭を食べながら、2人が話している。

 

新谷「農作業って目も身体も使うけど、頭も使うんですね。今日は特にそう思いました。正確な作業が求められていると思いました。ブロッコリーの株間の話を滝川さんがされた時に、株の間を風が通るように株と株の間を適当な間隔で開けて風通しを良くしてカビなどの病気が出ないようにすると言われた時、部屋だけでなく、植物も風通しが大切なんだと納得、でした。

砂川「農作業では巻き尺とか重量計とか計測する道具が欠かせないですね。やはり数字できちんと確認する必要があるんですね。そして改めて気がつきましたが、滝川代表も近藤さんと木村さんも道具をきれいに管理し、ピカピカにして大事に使っていらっしゃる」

 

8名全員が昨日と同じようにログハウスのホールで作業後の体調の測定をした。体調の測定を受けた後、チョッキを外してチョッキについているセンサーを外してパソコンに接続する。計測データがグラフになって表示される。そのデータを見ながら参加者はストレスホルモンの減少と幸福ホルモンの増加を昨日と同じように確認している。

講習会でアグリヒーリングの効果を昨日のデータと今日のデータを参加者毎に突き合わせて評価することになっている。どんな結果が出るか楽しみだ。

 

昼食

今日のランチはピザだ。木村さんの奥さん中心になって作ったピザだ。木村さんの奥さんは独身時代、六本木のピザハウス「ニコラス」の厨房で働いていた。民宿の台所でニコラス風のフレッシュゴーダ―チーズをたっぷり使った手作りピザ。それとソーセージのトマトケチャップ煮。サラダはタケノコ、空芯菜、スイスチャード、キャベツ。いずれもここN町で栽培して今日収獲した野菜だ。アンチョビの入ったドレッシングで食べる。そしてドリップコーヒーとオレンジジュース。木村さんの奥さんが食卓に一皿づつピザを置いていく。

「いい香り」参加者の皆さんの歓声が上がる。

参加者の1人、古葉さんが懐かしそうに言う。「「ニコラス」のピザ。なつかしいなあ。会社の取引先が六本木にあって、時間の都合がつく時には行ったもんです。一度「ニコラス」のピザを食べると他の店のピザは食べられなかった。」

 

講習会(13:00~16:00)於: ログハウス

〇アグリヒーリングの効果

岩崎浩二と増田登から参加者全員に参加者毎にデータが提供された。グラフの

データなので分かり易く、客観性がある。

岩崎「古葉さんのストレスは2日間続けて大幅に減少していますね。幸福ホルモンがグンと増えていますよ。ご本人の実感としてはいかがですか」

古葉「私は情動ストレスを溜める傾向が強くて、いつもなんとなく不安定な気分なんですが、今はとても平安で、落ち着いています。幸せです。」

 

〇アグリヒーリングの体験感想発表 

アグリヒーリング効果の体験発表が2名からあった。南町と小林さんがそれぞれ体験したことを短く発表した。

南町「私はビジネス関係の研修をやっている会社で、仕事をしていますが、これからは、アグリヒーリングの研修もやってみたいと思いました。アグリヒーリングの研修を共感力とかマインドフルネスの研修の一部に加えるとさらに効果的になるように感じています。神田の事務所ビルの屋上には菜園がありますから、

そのビルの研修ルームを使えばできますね。

よく自然に触れると言いますが、野菜を栽培することで自然に触れることができるなら嬉しいですね。これからは屋上菜園の栽培メンバーになって自然に触れるように心掛けます。ストレスを減らし、幸せな気持ちなれるよう心掛けます。

そしてもう一つ。皆さんと一緒に作業をするのがとても楽しかったですね。私たちの現在の仕事は突き詰めていくと独りの仕事ということになるのでしょうが、農作業は共同作業なんだと実感することができたことが、大きな気付きでした。」

 

小林「今回実際に畑で農作業して自分がどんな気持ちなるか、確かめたい。そんな気持ちで参加したことは皆さんにお伝えしましたが、今はとても幸せな気持です。民宿の女将さんたちには心のこもった料理を出して頂き、美味しく頂きました。ありがとうございました。そして農作業のアグリヒーリング効果は持続すること教えて頂きました。これからマンションのベランダで野菜を栽培します。

そして私の職場は北千住ですので、北千住の屋上菜園をランチタイムに見にいくことにします。あそこなら芝生の上にシートを拡げてお弁当が食べられますから。今回地元の皆さんと知り合いになれたので、これからは「第二の実家」のつもりでこの民宿に泊まりにきます。女将さん、よろしくお願いします」

〇参加者の感想文の編集 

参加者の皆さんから今回のアグリヒーリング研修の感想文を送って頂いて、文集を出すとの説明がJVECの岩崎よりあった。

 

〇都内での屋上菜園 今後の予定案内

今後3ヶ月の、JVECが栽培管理・指導をしている屋上菜園の栽培計画についてJVECの増田からご案内があった。

 

〇アグリヒーリングクラブ東京の紹介

今回のN町でのアグリヒーリング研修参加者の皆さんのためのクラブを神田のJVECの事務所内におくことにした旨、岩崎から話があった。毎月最後の週の夕方金曜日に神田の屋上菜園に集まり、作業の後、地下の食堂で懇談の時を持つということだった。アグリヒーリングクラブ東京の会長は古葉さんが引き受けてくれた。

 

最後に地元産ワインで乾杯した。参加者の皆さんは夕方の列車で東京に帰る。

                       

 (了)

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